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長崎家庭裁判所 昭和42年(家)6号 審判 1967年4月05日

申立人 高山富恵(仮名)

相手方 高山輝彦(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、昭和四二年六月末日迄に金二万六、〇〇〇円、および当事者双方が婚姻を継続し、且つ同居するに至る迄において(1)昭和四二年三月二〇日以降申立人がその転居先に当てる為の家屋につき賃貸借契約を結ぶ日の前日迄は、一か月金五、〇〇〇円の割合による金員を毎月末日迄に(但し右三月の分は翌四月分と合わせて)、(2)申立人が右賃貸借契約を結んだ日以降は、一か月金一万二、〇〇〇円の割合による金員を毎月末日迄に、夫々当裁判所に寄託して支払わなければならない。

理由

本件申立の要旨は「申立人は昭和一九年七月相手方と婚姻し、一男二女を儲けたが、相手方は飲酒および女性関係にひたり、また申立人に対する粗暴なる振舞が絶えない為、これにたまりかねて、昭和四〇年一〇月一五日別居し、現在申立人の実兄町田実方に身を寄せている。

そして、二女君子は、申立人の別居後も相手方と起居を共にしていたが、相手方が家に女を引き入れる為、最近申立人の許に引取つた。

ところで、相手方は長崎○○造船所に勤務し、月収金七万円以上を得ており、夏冬の賞与も多く、申立人と君子の生活費用の分担支払は、十分に可能であるから、毎月金二万円を申立人に対し支払うことを求める」というにある。

よつて按ずるに、当庁家庭裁判所調査官山口須美子作成の調査報告書ならびにその外の本件記録および当庁昭和四一年(家イ)第二〇一号調停事件記録に綴られてある各資料等を総合すれば、

一、申立人(大正一一年一〇月三〇日生)と相手方(大正五年三月二〇日生)は昭和一九年七月六日結婚し、昭和二〇年三月一二日婚姻の届をなし、長女清美(昭和二〇年三月二二日生、大阪に居住し、昭和四二年三月上旬結婚)、長男治男(昭和二一年一〇月二〇日生、西宮市に居住し、昭和四一年四月関西学院大学入学)、二女君子(昭和二三年八月三一日生、昭和四二年三月一三日高校を卒業し、現在申立人と同居)を儲け、昭和三六、七年に、相手方住居地の片渕町三丁目○○○番一宅地四四・四七平方米および同町三丁目○○○番地一木造瓦葺二階建居宅一棟一階二四・四一平方米、二階一〇・七〇平方米(いずれも相手方所有名義である)を購入取得して、これに移り、後記別居に至る迄同棲していたこと

二、ところで、申立人と相手方との間には、不和の兆が早くからみられ、昭和二七、八年頃から離婚話があり、またその頃から申立人の再々の家出、仲裁人の関与、家庭復帰等を繰り返えしていたこと、そして不和の原因としては、申立人からは、相手方の過度の飲酒および女性関係、これらに要する出費の為に、生活費として申立人に渡す金員が到底家計をまかなうに足りないこと、申立人に対する粗暴なる振舞い等に、また相手方からは、申立人の家事処理の不手際なること、身勝手な行動、浪費癖、嫉妬深いこと等について、夫々抱く不満に根差していること、そして長女は昭和三九年に、長男は昭和四〇年三月に夫々大阪に赴き、長女は会社事務員として勤め、長男は予備校に通つていたところ、申立人は相手方との同居生活に耐えられなくなつて、昭和四〇年一〇月一五日(この日以降、別居することとなつた)、当時長女および長男等の住む大阪市内のアパートに移り、女工として稼働していたこと

三、申立人は、昭和四一年六月長崎に戻り、一時、借家住まいをして、茶道教授や保険の外交をしたが、以前、肋膜炎をわずらつて、約半年間療養していたことがあるなど、身体が弱い為に、いずれも生計を補うまでには至らず、同年一一月から、その実兄町田実方に身を寄せ、同人の経営する旅館の手伝いをして現在におよんでいること、そして二女君子は、相手方の女性関係を嫌つて、昭和四二年一月一六日相手方の現住居を出、申立人と同居していること

四、ところで、申立人は当庁に昭和四一年七月二六日相手方との離婚等を求める調停申立をしたが、相手方に離婚に応ずる意思がなかつた為に、同年一〇月一四日調停は不成立に終つたこと、そして現在においても、相手方に右の意思が全くないことに変りないこと

を認めることができる。

相手方は、申立人が勝手に家出したのであり、また相手方の許に戻れば、余計の支出もしないですむ筈であるから、本件申立には応じられないと申述する。

けれども、申立人および相手方間の関係が現在のように不調和に至つた原因について検討するに、前記各資料に照らして、申立人のみにあるいは申立人の方により多く責められるべきものがあるとは到底解し難く、また直ちに申立人に対して相手方との同居を求めることは、相手方がこれ迄の生活態度を改めて、申立人と協調的態度をとることを信頼し得べき事情でもあれば格別(この点については、程度の差こそあれ、申立人においても、未婚の子供等の為にも、十分の反省が望まれる)、かかる事情を認め難い本件においては、相手方に対し、いたずらに苦難を強いるものというべきである。

したがつて、現段階においては、申立人が相手方と別居することも、己むを得ざるものというべきであるところ、申立人と相手方間に婚姻が継続していることは、前記のとおりであるから、民法第七六〇条を本件に適用し、申立人と相手方双方について、その資産、収入その他諸般の事情を斟酌して婚姻費用の分担を定むべきである。

よつて前記各資料によれば

一、相手方は○○工業株式会社長崎造船所に工員として勤め、昭和四一年九月から昭和四二年二月迄に得た給与、給与から差引かれた額、手取額等は、別表記載のとおりであつて、右期間の月平均の手取額は、計算上、約金四万一、六三三円となること(昭和四一年年末一時金の手取額を含めた月平均の手取額は金五万八、五五〇円となる。)

そして相手方の右手取額の内からの支出は、月平均にして、大略簡易保険掛金、水道、ガスおよび新聞代、町費等で金五、〇〇〇円、電話料金二、〇〇〇円、家の掃除などに雇う人に支払う賃金(三回分)二、一〇〇円、食費九、〇〇〇円、衣料品およびクリーニング代二、〇〇〇円、以上合計金二万〇、一〇〇円である外、長男に対する仕送りが昭和四二年一月迄は毎月金八、〇〇〇円、同年二月から金一万円、および半年毎に賞与を得た月には右の外に金六万円であること、したがつて、前記期間の月平均の支出額は、約金二万八、四三三円となるから、これと月平均の手取額との差(手取額における剰余額、以下手取額との差につき同じ)は、約金一万三、二〇〇円となること(昭和四一年年末一時金の手取額を含めた月平均の手取額と長男に対する金六万円の仕送りを含めた月平均の支出額約三万八、四三二円との差は約金二万一一七円となる)

ところで、別表記載の相手方の給与からの差引項目中、「会社貸金」とは、住宅購入資金と長男の大学入学時における借入金等の分割返済金であり、また「信用組合」とは、定期積立金一、三〇〇円、物品購入代金等の外、長男の上阪、予備校入学およびその月謝等の費用の為に数回に亘つて借入れた金三五万円の分割返済金四、四二八円を含むものであるが、長女が昭和四二年三月結婚するに当り、その費用の為に組合から更に金一八万円を借入れたから、借入金総額は、右金三五万円の残金二七万円との合計金四五万円となり、この分割返済の為の差引額は、昭和四二年三月分からは約金七、三〇〇円となること

したがつて、昭和四二年三月以降の給与についての月平均手取額と月平均支出額との差は、約金一万〇、三二八円(前記年末一時金と長男に対する金六万円の仕送りを含めた場合の例をとると、右の差は、金一万七、二四〇円となる)

二、(一) (申立人の本件申立の趣旨は、調査の結果、二女君子が申立人と同居した後の、君子の扶養を含む申立人の婚姻費用の分担を求めるものと解せられるところ)申立人および君子は実兄町田実から、食住費はとられることなく、これをまかなわれていること、申立人は、実兄の営む旅館の手伝をして、その謝礼として月金五、〇〇〇円を得ていること、君子は昭和四二年三月二〇日から長崎市内に事務員としての職を得、その日給金五〇〇円、月平均手取額は約金一万二、〇〇〇円が見込まれていること

(二) ところで、申立人と君子は、現在、申立人の実兄の恩恵を受けている立場にあつて、いつまでも実兄の許にいるというわけにはいかず、早急に実兄方を去つて、借家住まいをせざるを得ないこと、長崎市内の住宅事情および本件にあらわれた相手方の生活水準等に照らして、移転すべき借家は、賃料月金八、五〇〇円相当のものが与えられるべきこと

(三) 借家住まいをした場合、申立人はその稼働による月収を金一万円と見込んでいるが、申立人の健康状態、技能、年齢等に照らして、右の額を以て、一応相当なものというべきこと(したがつて、後記借家に移つた後の婚姻費用の計算においては、この収入が得られることを前提とする)

三、資産としては、相手方において前記宅地建物がある外は、申立人および相手方のいずれにも、みるべきものはなく、右宅地建物からの収益は全くないこと

を認めることができる。

四、かくして相手方の月平均の手取額から長男に対する仕送りを除いた額、即ち、相手方の消費生活に充て得べき額は、昭和四二年二月末日迄は月平均約金三万三、三〇〇円(昭和四一年年末一時金の手取額を含め、且つ長男に対する前記金六万円の仕送りを除いた場合は、月平均金四万〇、二一七円)、同年三月一日以降は月平均金二万八、七六一円(前同様の場合は、月平均金三万五、六七八円)となるところ、本件においては、申立人と君子の前記各収入について、一応全てこれを生活費に充て得べきものとすることを妨ぐべき事情はみられない。

五、そして生活保護法による保護の基準(昭和四一年四月一三日厚生省告示第二〇一号)によれば、その二級地に属するとされる長崎市における四一歳から五九歳迄の男子の基準生活費は月金四、二八〇円、これに加算されるべき一人世帯の基準額は月金二、三六〇円、合計金六、六四〇円であり、また四一歳から五九歳迄の女子の基準生活費は月金三、六六〇円、一八歳から一九歳迄の女子のそれは、金四、一二〇円、基準生活費額に加算されるべき二人世帯の基準額は月金二、六七〇円以上合計金一万〇、四五〇円であつて、右各合計額の比率を以て、相手方の世帯と申立人および君子の世帯との消費生活に要する費用の大略の比率として考えることができる(実際の基準生活費の算定は、右の外種々の加算がなされるのであるが、比率を問題とする限り、さして考慮すべき必要は認め難い。また本件においては、相手方が長男に対してなす仕送りは、申立人において、それが事実である限り、相手方の必要の支出として、是認するところであるが、相手方の右の点の申述-前記仕送り額-が事実に反することの資料はない)

六、(一) 而して二女君子が申立人と同居するようになつた日である昭和四二年一月一六日から稼働するようになつた日の前日である同年三月一九日迄の婚姻費用については、申立人と相手方の夫々の生活費に充て得べき額(前記のとおり、相手方の月平均手取額は同年三月一日以降減少する)の合計額を基準とし、且つ右比率を適用し、また相手方の収入面においては、年末一時金を加えた場合の月平均の実増加分を考慮すると共に、その支出面においては、前記の外、家屋維持費、公租公課等も当然これに見込まれるべきであること、申立人および君子の食住については、申立人の実兄の恩恵により、その許にある限り、その費用は殆ど要しないものであること(結局、これが為、金一万円相当の収入を得ているのと同様のものと考える)などの諸般の事情を斟酌して、金二万六、〇〇〇円を

(二) 昭和四二年三月二〇日から、申立人と君子が転居すべき家屋についての賃貸借契約が締結される日の前日迄の婚姻費用については、君子の稼働により生活費に充て得べき額が加わる外は、右(一)と同様の方法により、月金五、〇〇〇円を

(三) 右賃貸借契約が締結された日からは、申立人の稼働による手取増加分をも加えると共に、生活費に充て得べき額の総合計額から前記転居先の相当家屋賃料額を差引いた残額について、(一)と同様の方法により君子を含む申立人の生活費用を算出し、その額に右賃料額を加えることにより、月金一万二、〇〇〇円を

夫々相手方が分担すべきものである。

よつて、右分担支払につき、上記諸事実に鑑みて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 鈴木健嗣朗)

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